主宰Sapphira・連絡先Contact

アンサンブル・サフィロネビ主宰

ジョージアンダンス倶楽部主宰

ジョージア大使館公認タマダ No.220 

アーティストバンクいたばし登録アーティスト

リロクラブ提携教室

よみうりカルチャー講師

Director of Ensemble Safironebi

Director of Georgian Dance Club

Tamada No. 220, Certified by the Embassy of Georgia

Registered Artist at Artist Bank Itabashi

Partnered Studio with Rilo Club

誕生石の「サファイア」をダンサー名にしています。昔、青い石はすべてサファイアと呼ばれていました。「アンサンブルサフィロネビ」はコーカサスの歴史にゆかりの深い青い石「ラピスラズリ」に由来しています。

The dancer's name is derived from the birthstone "sapphire." In the past, all blue stones were referred to as sapphires. "Ensemble Safironebi" is derived from the blue stone "lapis lazuli," which has deep historical ties to the Caucasus.

出演依頼などはこちらからお問合せ下さい。

担 当:サフィーラ

お問合せ:gdlovejapan@gmail.com

アンサンブル サフィロネビはジョージアの民族舞踊を踊るグループです。野外イベント、ショッピングモール、商店街イベント、企業イベントの出演多数。子供たちにはジョージアの国のお話やダンス体験も入れた文化紹介も人気です。

For booking inquiries, please contact us here.

Contact person: Sapphira

Email: gdlovejapan@gmail.com

Ensemble Safironavi is a group that performs Georgian folk dances. They have participated in numerous outdoor events, shopping mall performances, shopping district events, and corporate events. Their cultural presentations, which include stories about Georgia and dance experiences for children, are also very popular.

<略歴>

各国の民族舞踊をたどるうちにジョージアの民族舞踊を知りその踊りの芸術性に魅了される。2019年、2022年にジョージアに渡りスヒシュビリのコレオグラファー及びルスタビの現役ダンサーに学ぶ。現在もオンラインにて現地指導者に学び続けている。
2023年5月に第一回ジョージアフェスティバルを実行委員として立ち上げる。2024年にはジョージア政府の協力を賜り第2回ジョージアフェスティバルが開催された。第3回も2025年6/14.15で開催予定。
2025年3月。日本人による最初のジョージアンダンスアンサンブル「サフィロネビ」がジョージアの首都トビリシで初舞台を踏む。


Biography

While exploring various countries' folk dances, I discovered Georgian folk dance and became captivated by its artistic expression. In 2019 and 2022, I traveled to Georgia to study under the choreographer of Sukhishvili and an active dancer from Rustavi. I continue to learn from local instructors online.

In May 2023, I launched the first Georgian Festival as part of the executive committee. In 2024, with the cooperation of the Georgian government, the second Georgian Festival was held. The third festival is scheduled for June 14-15, 2025.

In March 2025, the first Georgian dance ensemble by Japanese performers, "Safironavi," will take the stage for the first time in Tbilisi, the capital of Georgia.


<アンサンブルの方針>
ジョージアンダンスを通して「人生に楽しい場所を作る」ことです。

結婚、子育て、ご主人の転勤、介護、持病などなど、様々な理由で一時的に「他の人の為に使う時間」を優先しなければならない方が沢山います。そしてその理由のほとんどは「人との関わり」を一時的に少なくしてしまいます。そんな孤独感を一瞬忘れる場所として習い事を楽しんでいただければと思います。

同じ趣味の方々が集まるのでお話も楽しいでしょうし、悩みを話せたり共感してもらえるかもそれません。レッスン前後には生徒さん同士お茶を飲んだり一緒にご飯を食べることもあるでしょう。そして一緒にダンスが上達していくのは希望があります。そんな場所を提供するのが私のお仕事です。

一時的に離れてしまってもいつでも戻ってこられる場所。いくつになっても、ワクワクするような綺麗な衣装を着て飛び切りの笑顔で舞台の上で輝いて下さい。みなさんの人生を応援しています。

Ensemble Philosophy

Through Georgian dance, our goal is to "create a joyful space in life."

Many people have to temporarily prioritize "time spent for others" due to various reasons such as marriage, raising children, a spouse’s job transfer, caregiving, chronic illness, and more. And often, these reasons lead to a temporary reduction in "connections with others." I hope that learning something new can provide a space where you can momentarily forget that sense of isolation.

Since people with similar interests gather, conversations are enjoyable, and you may find yourself sharing worries or receiving empathy from others. Before or after lessons, students often enjoy tea together or have meals. There is also the joy of improving in dance together. My job is to provide such a space.

Even if you step away for a while, there is always a place for you to return to. No matter how old you are, wear exciting, beautiful costumes and shine on stage with your brightest smile. I am here to support your life.

<海外活動歴>

●2010-P.U.R.E.Tokyo 第5期のメンバーとなる。 (本拠点NY)

●同年11月にP.U.R.E日米合作公演「Reflections」横浜公演に出演。

https://www.youtube.com/watch?v=j34du-W3EJw&t=21s

●2011年P.U.R.E. Reflections 台湾公演に出演。


<受賞歴>

●2014年トルコのRakkas Istanbul Oriental Dance Festival のコンペに於いてグループフュージョン部門 で優勝。


<国内活動歴>

●2015年ケイシーチャイ主宰ベリークイーン「Journey Along the Silk Road 」を主催し出演もする。

「Journey Along the Silk Road」U.S.プロモーションビデオ

https://www.youtube.com/watch?v=oVGjMYQQYgs

●2016年10月 ストーリーのあるベリーダンスショー「うたかたの月」の脚本を手がけ出演もする。

●2018年1月 「うたかたの月」大阪公演主催、出演。

●2018年11月 「うたかたの月」岡山市芸術祭参加作品出演。

●2019年4月 ストーリーのあるベリーダンスショー「シャーマラン」の脚本・構成。演出を手がけ出演もする。

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●2020年12月 ジョージアンダンサーとしてノグチマサフミ氏とホール公演に出演

●2021年6月 「ユーラシア音楽コンサート」に出演。生演奏と共にジョージアンダンスを披露

●2021年8月 女性がテーマのホール公演「おどるママ・しあわせぼくら」に出演

●2021年9月 民族舞踏がテーマのホール公演「未知の魅力」に出演

●2021年11月 トルコ建国100周年前夜祭がテーマのホール公演「DUM TEK」に出演

●2021年12月 松島でホール公演「クリスマス チャリティーコンサート」に出演

●2022年5月 民族舞踊合宿を河口湖で主催

●2022年6月・10月・1月 マリーコンツエルトにて自主企画ショーを行う

●2023年5月 第1回ジョージアフェスティバルを実行委員として立ち上げる

●2023年5月 大使館主催、ジョージア独立記念日のレセプションにてジョージアンダンスを披露
●2023年9月 アリオ深谷野外ステージに出演

●2023年10月 タニタ健康祭り出演

●2023年10月 トルコフードフェスティバルに出演

●2023年12月 アゼルバイジャンフェスティバルに出演

●2024年1月 バルカン・コーカサスフェスティバルに出演

●2024年3月 エジプトフェスティバルに出演

●2024年2月 アンナズキッチンでレストランショー

●2024年4月 カフェロシアでレストランショー

●2024年6月 第2回ジョージアフェスティバル開催
●2024年7月 イオン橋本出演
●2024年7月 富士吉田市市民祭り出演
●2024年8月 ウイグル料理ムカームで自主企画ショー
●2024年10月 タニタ健康祭り出演
●2024年10月 平井ふるさと祭り出演

●2025年1月 カフェボヘミア心斎橋出演
●2025年1月 祇園レストランキエフ自主企画ディナーショー
●2025年1月 アジアンカルチャーフェスティバル出演
●2025年1月 披露宴出演

International Activities

2010: Became a member of P.U.R.E. Tokyo, 5th term (headquarters in NY)

November 2010: Performed in the Japan-US joint performance "Reflections" in Yokohama.

Watch the performance

2011: Performed in P.U.R.E. Reflections Taiwan performance.

Awards

2014: Won the Group Fusion category at the Rakkas Istanbul Oriental Dance Festival in Turkey.

Domestic Activities

2015: Hosted and performed in "Journey Along the Silk Road" by K.C. Chai.

U.S. promotional video

October 2016: Wrote and performed in the story-based belly dance show "Utakata no Tsuki" (Moon of the Ephemeral).

January 2018: Hosted and performed in "Utakata no Tsuki" Osaka performance.

November 2018: Performed in "Utakata no Tsuki" at the Okayama City Arts Festival.

April 2019: Wrote, composed, and performed in the story-based belly dance show "Shamaran."

December 2020: Performed as a Georgian dancer with Masafumi Noguchi in a hall performance.

June 2021: Performed Georgian dance with live music at the "Eurasian Music Concert."

August 2021: Performed in the women-themed hall performance "Odoru Mama, Shiawase Bokura" (Dancing Mom, Happy Us).

September 2021: Performed in the folk dance-themed hall performance "Unknown Charms."

November 2021: Performed in the hall performance "DUM TEK" celebrating the 100th anniversary of Turkey's founding.

December 2021: Performed in the "Christmas Charity Concert" in Matsushima.

May 2022: Hosted an ethnic dance camp at Lake Kawaguchi.

June, October, and January 2022: Held self-organized shows at Marie Concert Hall.

May 2023: Launched the first Georgian Festival as part of the executive committee.

May 2023: Performed Georgian dance at the Embassy-hosted Georgia Independence Day reception.

September 2023: Performed at the Ario Fukaya outdoor stage.

October 2023: Performed at the Tanita Health Festival.

October 2023: Performed at the Turkey Food Festival.

December 2023: Performed at the Azerbaijan Festival.

January 2024: Performed at the Balkan-Caucasus Festival.

March 2024: Performed at the Egypt Festival.

February 2024: Restaurant show at Anna's Kitchen.

April 2024: Restaurant show at Cafe Russia.

June 2024: Held the second Georgian Festival.

July 2024: Performed at Aeon Hashimoto.

July 2024: Performed at the Fujiyoshida City Citizens' Festival.

August 2024: Self-organized show at Uyghur restaurant Mukham.

October 2024: Performed at the Tanita Health Festival.

October 2024: Performed at the Hirai Furusato Festival.

January 2025: Performed at Cafe Bohemia in Shinsaibashi.

January 2025: Self-organized dinner show at Gion Restaurant Kiev.

January 2025: Performed at the Asian Culture Festival.

January 2025: Performed at a wedding reception.

<人物像をもっと知りたい方へ>

私はジョージアンダンスを教えていますが、作りたいのは「ダンスを通して女性たちの人生に楽しい場所を作る」ことです。

結婚、子育て、ご主人の転勤、介護、持病などなど、様々な理由で習い事を一時的にお休みしなければならない方が沢山います。そしてその理由のほとんどは「人との関わり」を一時的に少なくしてしまいます。そんな孤独感を一瞬忘れる場所として習い事を楽しんでいただければと思います。同じ趣味の方々が集まるのでお話も楽しいでしょうし、悩みを話せたり共感してもらえるかもそれません。レッスン前後には生徒さん同士お茶を飲んだり一緒にご飯を食べることもあるでしょう。そして一緒にダンスが上達していくのは希望があります。

そんな場所を提供するのが私のお仕事です。一時的に離れてしまってもいつでも戻ってこられる場所。いくつになっても、ワクワクするようなエキゾティックな衣装を着て飛び切りの笑顔で舞台の上で輝いて下さい。

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高校時代の友人は還暦の私がダンスを踊っていることをさほど驚きません。高校時代、体育の授業で創作ダンスがあり、クラス対抗で優勝したときに率先的に作品作りをしていた過去があるからです。ダンスをやりたいな、と思いつつ3人姉弟の子育て中の親には美大に行くための予備校の費用を出してもらっていたのでお金のかかることは言い出せませんでした。高校時代は合宿も卒業旅行も親にお金を出してくれと言えず、親に甘えられる同級生がとても羨ましかったのです。

美大に進学しアルバイトでお小遣いを稼ぎだした頃、水道橋にある社交ダンススクールの扉を開けました。平日の昼間で大学の社交ダンスサークルのトップの人たちがレッスンを受けていました。「ダンスを習いたい」と言う私にかけられた言葉は・・・。「お金がかかるのであなたができる習い事ではないですよ」。ダンスを教える立場の人に、貴女にはダンスを習う資格がないと言われました。

私とダンスの出会いはこんな悪夢のような出来事から始まったのでした。

ある日、先に社会人になった友達から実家近くの駅に「新しくできたジャズダンス教室があるから一緒に習おう」という誘いがあり、初めてダンスを習い始めました。ほどなくすると男女雇用平等法が施行され会社の勤務時間が伸びてレッスンの時間に間に合わなくなり習い事のダンスは辞めることに。

数年後、転職した私は茅場町の勤務先の近くに社交ダンス教室をみつけ、性懲りもなくまた扉をたたきました。

子供の頃テレビで流れていた古いハリウッド映画で女の人が男の人とダンスを踊っているシーンに憧れ、素敵な女性になるために踊りが踊れるようになりたかったのです。そのお教室には私と年が近い生徒さんもいて、たいてい私のレッスンの前がその方だったのでお友達もできたりしました。ところが私担当の若い先生がパートナーの女先生の事を小馬鹿にしていて、いつも生徒の私に悪口を言っていました。ダンスを習うことは楽しかったのですが、その先生の人間性に耐え切れずダンスを辞めてしまいました。

なぜか、私にとっては趣味でダンスを習うのも簡単ではありませんでした。

結婚して第一子を出産して職場が変わりました。ワーキングマザーには「自分の為の時間」がありません。それでも気分転換にと、会社の昼休みに抜け出して徒歩7分の所にある社交ダンス教室に顔を出しました。往復で15分+30分のプライベートレッスン。この教室は浅草橋と言う場所にあるからか庶民的なご夫婦が先生でご近所の奥様が習いに来るような感じのところでした。初老の先生の指導はとても分かりやすくお人柄も良く続けたかったのですが、デザイナーという仕事上、打ち合わせで外出なども多く、幼かった子供の発熱で早退したりと、これまた続けることができませんでした。

私の20代はこんな感じで、ダンスの神様に振り向かれることなく過ぎていきました。そして30代はデザイナーとしてのキャリアが花開きモリモリ仕事をしていたのですっかりダンスの事は忘れていました。

そして41歳を過ぎたある日、私の目の前にダンスのミューズが現れました。

41歳で次男を出産した私の産休中に、私の仕事をしてくれていた女性がベリーダンサーだったのです。

産後の運動不足解消にフラメンコでも習おうかと思っていたので彼女の勧めでベリーダンスの体験レッスンに行きました。ベリーダンスは特にやりたい踊りでは無かったのですが、身体を動かしたかったので、会社帰りに通えて、子供の発熱時に他のクラスに振替でレッスンチケットが消化できる、と言うことでそのスクールに決めました。

2006年はベリーダンスブームの走りで、若い生徒に交じってセクシーポーズをとる鏡の中の自分が恥ずかしくて正視できず💦いつも後ろの方で動いていました。ステップとアームの2動作を同時に動かすことができない自分に「ボケの兆候の危機感」を感じ、ただ脳トレとレッスンで汗をかくことで冷え性が治ったり、身体の調子が整っていくことを感じられたの続けていた日々でした。スクールの発表会でもどんくさい私は、学生時代にダンス部だったという年下のレッスンメイトに、発表会本番のリハの時に先生が指示した私の立ち位置が気に入らなかったのかステージの降ぎわに「あんたがそこに立ったら私が客席から見えなくなるじゃん‼」と言われ、「ダンスの世界って怖い~」と洗礼を受けました。

そんなある日Youtubeで「私が踊りたいのはコレだ!」と思った踊り、ファットチャンス ベリーダンス(以下FCBD)に出会いました。衣装のコンセプトからそうれはアートでした。そして日本では教える人がいなかたのでDVDをアメリカから取り寄せ自主練の日々を過ごしました。

その半年後にサンフランシスコ帰りの方がFCBDを教え始めました。ダンスミューズからは「その人2ちゃんで酷評されているの知ってる?」と言われたけど他に教わる人がいなかったので通い始めました。20代後半の講師経験の無い先生に40過ぎのなかなか上達できない私が習う訳ですから色々ありました。4年ほど習っていたのですが、最終的には直接FCBDを習っていたその先生ではなく、途中から先生の勧めで受け始めたフュージョンクラスの先生の態度に嫌な思いが募り、長男の大学受験を機に辞めました。私の先生はその別の先生を含めた数人でグループを作りダンサー活動をしていましたが、私が辞めて半年後にそのグループもあっさり解散してしまいました。何年か後に生徒でいた数名の方々とその当時の話になりとても共感され同情されました。多少の違いはあれど皆似たような目にあっていたからです。その時先生方と一緒に活動していた方々でダンスを辞めてしまった人が何人もいると聞きとても悲しくなりました。せっかく好きなダンスが教える人の人間性で辛いものになってしまいます。

心底FCBDスタイルを愛していた私は、FCBDの講師になろうと思いました。そして上記のFCBDを習った先生にその旨を伝えるととても喜んでくれました。その頃、FCBD講師になるためには最低限1つは他のジャンルのダンスを踊れなくてはならない、とHPに記載がありました。そしてオリエンタルを踊りたかったわけではありませんが、以前から私が好きなベリーダンサー達が皆そのスクール出身だったということで、アルカマラーニの門戸を叩いたのです。丁度長男の大学入試が終わり、東日本大震災があった年の4月でした。

そこを主催するMAHA師匠さんは別格でした。ようやく心から尊敬できる師匠に出会いました。彼女は紛れもないアーティストでした。そしてそのスクールでKIYOKO師匠にも出会うことができました。丁度KIYOKO師匠がそのスクールから独立する時期にあたり、どちらも素晴らしいアーティストだったので私は両方のレッスンに掛け持ちで通っていましたが、ある日私の耳元でささやく人がいました。「どっちつかずの人は大先生は嫌いだよ」と。(現在その方は大先生の側近として活躍されています) そんなことがあり現在の師匠に至ります。現在の師匠によって私はここまでダンスを続けることができています。大先生と現在の師匠は私にはとてもとても大切な師匠です。

2017年暮にフェイスブックで上がってきたダンスに心奪われ、説明文がロシア語で分からない中、探しに探してそれがジョージアの民族舞踊であることにたどり着きました。それから見よう見まねで自主練するにもマキシ丈に隠れた足のステップが全く分からず。2019年10月、2年越しの思いを抱いてまたく言葉もわからない話せない中ジョージアに飛び、そこでも素晴らしい師匠に巡り合うことができました。

そこから縁あってジョージアンダンスと共に現在に至ります。

FCBDは今では日本のベリーダンスの世界でも多くの方に知られ、踊られるようになりました。昔の私を知る友人は、ジョージアンダンスに関しても「貴女が始めたダンスなら必ず流行るね!」と言ってくれます。

2006年1月から始めたベリーダンスからもう18年目になります。不思議なことに私がダンスを始めた2006年以降はそれなりに色々ありましたがダンスをずっと続けることができています。ベリー友達の中には「もっと若い頃にベリーダンスに出会いたかった」と言う人もいるけど、私の中では今が「ダンスの神様がダンスをしても良いよ」と言って与えてくれた時間だと思っています。

すでにあと何年踊っていられるかを数える年齢ですが、私の愛するこのジョージアンダンスを残された時間の中でどれだけ日本に広めることができるか、今は神様が出会わせてくれたこの大切な踊りと共に日々精進しています。

こんな私ですがジョージアンダンスを広める夢を持っています。生徒である時期長かったのでいろいろな経験をしました。私が大切にしたいのは「1人ひとりのダンスが好きという気持ちを大切に、ダンスと共にある人生が輝く」ようにお手伝いすること。

高校の時の同級生たちも還暦を迎え、立派に社会人を勤め上げ定年後の隠居生活を考える人が多い中「夢をもって頑張っているんだね、元気貰ってるよ」と応援してくれています。そんな応援団に支えられて今日も頑張ります。

長々お読みくださりありがとうございます。

どうぞ応援し頂ければと思います。

皆様よろしくお願いいたします。


If you want to know more about me

I teach Georgian dance, but what I aim to create is "a fun place for women’s lives through dance."

Many people temporarily have to put their hobbies or classes on hold for various reasons such as marriage, raising children, a spouse’s job transfer, caregiving, or chronic illnesses. And most of these reasons lead to a temporary reduction in "interaction with others." I hope that through these lessons, people can enjoy a moment of relief from loneliness and reconnect with others. Since people with the same interests gather, the conversations will be enjoyable, and perhaps people can share their concerns and find empathy. Before or after the lessons, students might have tea together or share a meal. And there is hope as we improve our dance skills together.

Providing such a place is my job. Even if someone temporarily steps away, it will always be a place they can return to. No matter how old you are, I want you to shine on stage with a sparkling smile, wearing exotic costumes that excite you.

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My friends from high school are not at all surprised that I am dancing at the age of 60. This is because, during our high school days, I was the one who took the lead in creating dance pieces for our class when we won a creative dance competition. While I wanted to pursue dance, I couldn’t ask my parents to pay for the expensive tuition for an art school since I had to rely on them for the prep school fees to attend one. In high school, I couldn’t even ask my parents to pay for our training camps or graduation trips, and I envied my classmates who could lean on their parents.

After entering art school and starting to earn some pocket money from part-time jobs, I opened the door to a social dance school in Suidobashi. During the day, the top members of the university's social dance circle were taking lessons. When I expressed my desire to learn dance, the first words I heard were: "This is too expensive; dance isn't something you can afford to learn." A teacher told me that I didn’t have the right to learn dance.

So, my encounter with dance began with such a nightmare-like experience.

One day, a friend who had already started working invited me to join a newly opened jazz dance class near my parents’ home. I started taking dance lessons there for the first time. But not long after, the Equal Employment Opportunity Act for men and women was implemented, leading to longer working hours and preventing me from attending lessons. So, I had to stop dancing.

A few years later, after switching jobs, I found a social dance school near my workplace in Kayabacho and, undeterred, I knocked on the door again.

As a child, I had admired the scenes of women dancing with men in old Hollywood movies on TV, and I wanted to become a beautiful woman who could dance. There were students of a similar age at the school, and since their lessons were often right before mine, I managed to make some friends. However, my young male instructor would make fun of his female partner, and he often spoke ill of her to me. Although I enjoyed the lessons, I could no longer tolerate his behavior, so I quit.

For some reason, it wasn’t easy for me to just enjoy dancing as a hobby.

After getting married and having my first child, my workplace changed. As a working mother, there was no time for "my own time." However, to refresh myself, I started visiting a social dance school, a seven-minute walk from my office, during my lunch break. I took a 30-minute private lesson with a 15-minute round trip. The school was in Asakusabashi, and the teachers were a down-to-earth couple who taught local housewives. Although I wanted to continue because the elderly instructor was kind and his lessons were easy to understand, my work as a designer required frequent meetings outside, and my child's occasional illnesses led me to leave.

My 20s passed by like this, without ever having the opportunity to be noticed by the dance gods. In my 30s, my career as a designer blossomed, and I completely forgot about dance.

Then, at the age of 41, a muse for dance appeared before me.

During my maternity leave after giving birth to my second son, the woman who had been helping with my work was a belly dancer. I had been thinking about taking flamenco lessons to address my post-pregnancy lack of exercise, but she recommended that I try a belly dance trial lesson. Although belly dance wasn’t a dance I particularly wanted to learn, I chose that school because they had evening lessons that fit my schedule, and I could make up lessons in other classes if my child had a fever.

In 2006, belly dance was just starting to become popular, and I felt embarrassed looking at myself striking sexy poses in the mirror, so I always moved at the back of the class. I couldn't coordinate both my steps and arm movements at the same time, which made me feel like I was showing signs of brain deterioration. But I continued taking the lessons, feeling the effects of improved circulation and physical well-being. Even in the school’s recital, I was so awkward that a younger classmate, who had been in the dance club in school, scolded me for my position during the rehearsal, saying, "If you stand there, I’ll be blocked from the audience!" It was my initiation into the harsh world of dance.

One day, I discovered something that truly resonated with me on YouTube—FatChance Belly Dance (FCBD). The concept of the costumes was artistic. Since there were no teachers in Japan, I ordered DVDs from the United States and spent my days practicing on my own.

Half a year later, someone who had studied FCBD in San Francisco started teaching in Japan. Despite some negative comments about this person online, I had no other options and started attending the classes. Since I, a woman over 40 with no prior experience, was learning from a younger instructor in her late 20s, there were many challenges. I studied for about four years, but eventually, I grew frustrated with the behavior of a fusion class teacher, whom I had started taking classes from upon the recommendation of my original teacher. I decided to quit when my eldest son was preparing for university exams.

My teacher, along with several others, formed a group and performed as dancers, but the group disbanded not long after I quit. A few years later, when I talked with some of the students who had been part of that group, they sympathized with me, as many of us had experienced similar issues. It was truly sad to hear that several people had quit dancing because of those experiences. Dance, something I loved, had turned into something painful because of the personalities of the teachers.

Loving FCBD style deeply, I decided to become an FCBD instructor. When I told my teacher about my decision, she was very happy. At that time, the FCBD website mentioned that instructors must be able to dance at least one other style, so I decided to try Oriental dance, even though it wasn't something I had initially wanted to pursue. Many of the belly dancers I admired were graduates of the Alkamalani school, so I decided to check it out. This was around April, after my eldest son’s university entrance exams and the Great East Japan Earthquake.

The teacher there, Master MAHA, was extraordinary. I had finally met a mentor I could truly respect. She was a genuine artist. At the same school, I also met Master KIYOKO, who was about to branch out on her own. Since both were remarkable artists, I attended both of their lessons. One day, however, someone whispered to me, "Big teachers don't like people who are in-between," which led me to where I am now. Thanks to my current mentor, I have been able to continue dancing. Both of these great teachers are very important to me.

In late 2017, I came across a dance video on Facebook that captivated my heart. Despite not understanding the Russian description, I managed to find out it was Georgian folk dance. I began self-practicing, although I couldn’t figure out the steps hidden under a maxi skirt. In October 2019, with two years of longing, I traveled to Georgia without speaking the language, where I met an incredible teacher.

From there, fate led me to Georgian dance, and I’ve continued on this path to this day.

FCBD is now widely known and practiced in Japan’s belly dance community. Friends who knew me back then say, "If it's a dance you started, it will definitely become popular!"

I have now been doing belly dance for 18 years since starting in January 2006. It’s a strange thing, but ever since I started dancing in 2006, despite the ups and downs, I’ve managed to continue dancing. Some of my belly dance friends say, "I wish I had discovered belly dance when I was younger," but for me, now is the time the dance gods have allowed me to dance.

I’m at an age where I can count how many more years I’ll be able to dance, but I am now focused on spreading this beloved Georgian dance throughout Japan in the time I have left, continuing to work hard every day with the precious dance that the gods have introduced to me.

Though I may be far from perfect, I dream of spreading Georgian dance. Having spent a long time as a student, I’ve had many experiences. What I want to cherish is helping each person shine in their life through dance, valuing their love for it.

Many of my high school classmates have now turned 60, some considering retirement after having worked diligently in their careers. They often say to me, "You’re working hard with your dreams, and you’re giving us energy!" With their support, I’ll keep doing my best today.

Thank you so much for reading this long message.

I hope you’ll continue supporting me.

I look forward to working with you all!